心が悲鳴をあげている
またか。
ガヤガヤと賑わう喧騒の中、それは一際大きく甲高い音で私の耳を貫いた。
助けて!誰か助けてーッ!!
曇天を劈くほどの悲鳴がそこら一帯に響き渡るも、その場の誰一人として気に留める者はいなかった。それもそのはずで、その「声」と呼んで良いのかすら判断しかねる「音」がそもそも誰の耳にも届いていないという事実が理由だと思われた。
そう思われる…というのも私の推測にすぎず、もしかしたら聴こえていても聞こえないふりをしている薄情者が隠れてやり過ごしている可能性だってあるのかも知れなかった。奴らは総じて臆病で卑劣な性質を持って生まれ落ちてくるのだと、私を含める仲間達は明瞭に認識している。
そうじゃなきゃ現世の混沌具合に説明がつかんだろうが?―――頭にポッと音を立てて浮かんだ皮肉に、私は思わず嗤った。
―――ポツポツと小粒の雨まで降ってきたが特に主立った支障は無く、濡羽色の瞳を瞬かせて未だに止まぬ悲鳴の発生元を見遣っているとずんぐりとした体型の人物がキラキラと光る刃物を取り出す様子を確認した。…ふむ、ようやく意を決したか。こちらの予想よりも随分と遅かったな愚図め。
ずんぐりが暴れ出す寸前に私の仲間達がそいつを一斉に襲撃して、虚を突かれたずんぐりを尾行していた私服警察官が現行犯逮捕するのがお定まりの鉄板コースだつった。何の代わり映えもない簡単な仕事だ。…正直に言うと飽きたてきたかもな…
『犯人確保!怪我人無し!RAVEN.3!良くやった。戻って来い。』
だけど、褒められるのは嫌いじゃない。気のおけない相棒からなら尚更な。
「了解、CROW.3。すぐに帰投する。」
人工知能を備えた烏。そんなふざけた存在を生みだしたり、そいつらを街中に放って空から地上を警邏させるなんてファンキーすぎる計画を押し通した当時のお偉いさん達にKissしてやりたいぜ!!
RAVEN.3は大空を羽ばたきながら嘴をニヒルに見えるような角度で曲げた。なぜなら彼は今、ハードボイルドとかいう古き良き時代の草臥れた概念に首ったけなのだ。男は格好つけてナンボよな?
RAVEN.3はすべてを了承していた。自分が脳内で思い描いているあらゆる全ての感情は、AIが見せているプログラムの切れ端にすぎないという真実を…。与えられた相棒に親しみを持つのも、上官の指令に逆らう選択が出来ないという事実も…端から見ると雁字搦めにされていると捉えられかねないだろう。―――だけど、そんな粗末な檻にも一筋の光明が射し込むことがあるというのがRAVEN.3の持論だ。その眩い光は、彼にとって陽光と同じ熱を感じさせてくれるものだと彼は少なからず知っていた。
烏にAIを搭載する…そんな馬鹿げた外法に手を染めた者達でさえ目を剥いたのが、その実験の付加価値であった。人語を解し、発する頭脳を獲得した上、通常では知覚することが不可能な“心の声”を聴取する個体が稀に誕生する事実に気が付いたのだ。そうして彼らは更なる研究を重ね、聴能烏部隊RAVENSを設立し運用を始めた。そして紆余曲折を経た現在、その能力を遺憾なく発揮しうる最適なビジネスの開拓を成し遂げることに成功したのだった。
―――犯罪者予備軍の声は他と比べると飛び抜けて大きく、聴く者の神経をひたすら逆撫でする。しかも内容の殆どが自分勝手で他責思考のオンパレードときたもんだ。おまけに自分こそが被害者であると信じ込んでいるのが何よりも質が悪い…マヌケどもめ!!
RAVEN.3は人間が嫌いだったし、それが普通だった。ところが相棒のジョージと出逢い、相棒の伴侶マギーと出逢い、二人の幼い息子デイビッドと触れ合い、つい先日マギーが産んだ娘メアリーと対面した彼は、そんな蟠りを思い切りよく放り捨ててしまうことに決めたのだった。例外に寛容であらねばデータの集積など無意味であるという実例だったのかも知れない。そうしてRAVEN.3は自分が選んだ人間との共存を強く望むようになっていく。
🪹
聴能烏部隊RAVENSの隊員の中でも屈指の実績を誇るRAVEN.3には退勤後にやるべき事がたくさんあり、実に多忙な日々を送っている。相棒と一緒に住む家に帰り、家族の一員として育児の手伝いをしたり乳幼児の見守りをする義務があるのだ。…違うな…これは権利だ。デイビッドとメアリーの成長を側近くで眺める生活は何物にも代えがたいとRAVEN.3ならば言うだろう。彼の類まれな頭脳に無償の愛情が芽生えているのは誰の目にも明らかだ。
例え、それがデータの蓄積による由来だとしても…
観察すべき特殊な個体となったRAVEN.3には、近い将来の円満な引退が約束されていた。当然その後の生活も保証されており、本人の要望通りジョージ・アンダーソン捜査官の家に引き取られる予定だ。RAVEN.3の彼等への愛着を強制的に遮断するのは惜しい…という上層部の判断には予断を許さないが、事は概ねRAVEN.3にとって良い方向へと向かっていると思って間違いはなかった。
「サーン!!おかえり〜!!」
帰り着いた自宅の窓から身を乗り出して手を振るデイビッドの姿を確認すると、先程までニヒルを気取っていたRAVEN.3の面差しが180度変貌し途端にコミカルな様相を呈した。
「 デイビッド!危ないだろがッ!!」
バサバサと翼を大きく羽ばたかせ、大慌てで少年のもとへ急降下していく黒い烏―――サンと名付けられた彼が孤独を好み淡々と任務をこなしていた過去も、現役最後の任務で最大の危機を迎える未来も別の話である。…作戦本部に帰投するはずのRAVEN.3を待ち続けていたアンダーソン捜査官が、サンの直帰に気が付いてCALLしてくるまでもう暫く掛かるのもまた、別の話なのである。
ジョージ「置いて帰るなんて君はひどい友人だな。俺と子ども達のどっちが大事なんだい?」
サン「悪いな相棒。その問いにはこう答えるようにプログラムされてるのさ、どっちもに決まってるだろ…ってな!」
ジョージ「キュン♡」
〜後編に続く〜
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