花火大会にて再会す
ドドン!と爆音を鳴らして一発目の花火が咲いた。濃紺色の闇に満ちる夜空にパッと大きな火の花弁が開き、たちまち萎れてはらはらと地上へ流れ落ちていく。間を置かず次々と競うように天へと登っていく火の玉は、まさしく花火の種と例えるのが相応しいと私は思った。地上から遥か空へと芽吹き、咲き、そして地に帰るのだから。
「あ…」思わず声が出る。
大混雑する群衆の中に見知った顔を見つけた私は、不意をつかれて呆気にとられてしまった。あれは…
普通に考えると絶対にあり得ない事なんだけど、30年以上前に死んだはずの「お祖父ちゃんじゃん…。まだ成仏してなかったんだ。」ぽろりと呟いた声に呆れが交じった。
私が知るかぎりでは生前のお祖父ちゃんは普通のお坊さんだったはずなんだけど…死後に目覚めた(?)とかで寺の地縛霊みたいな存在になってしまっていて、今でも時々こうやって私の前に現れることがある。もちろん他の人にお祖父ちゃんの姿は見えないし、声だって聞こえないんだから…人の眼がある所では絶対に話しかけないでねってあれほど言っておいたのに!もう!!
「お〜い○○!久しぶり〜。元気にしてたか〜。」
左肩に小さな鬼の子どもを乗せたまま片手を上げてとことこ歩いてくるお祖父ちゃん。その姿は死亡当時のまま不変であり、私は懐かしさとは違う奇妙な感情に胸が詰まるような嫌な感覚を覚えた。…これは…お祖父ちゃんの享年を追い抜く日が近づいたせいなのかも知れないわね。
碌に手入れもされていない山道を一台の小型トラックが走行していた。その速度は人が小走りする程度のものでしかなく、その荷台にはガラクタであるとしか例えようがない電化製品の成れの果てが山のごとく積み上げられていた。
「…ンだよ、こりゃ。」
ハンドルを握っていた男が舌打ちしながらブレーキをかけた。
無人の荒れ寺へと続く山道のど真ん中に、どういう理由かドデカいクリスマスツリーが文字通り生えている。カラフルなオーナメントも綺羅びやかな電飾もフルバージョンでパーフェクトに飾り立ててあり、天辺に煌めく金色の星と純白の雪に見立てたモコモコのアレを幻想的に浮かび上がらせていた。
「…ンだよ、こりゃ。」
困惑して無意識に同じ言葉を繰り返してしまう男を嘲笑うかのように煌々と輝いていた電球が急に点滅しだした。挙げ句には何処かからくぐもった低音の読経がいくつも聞こえ始めてきて…
「ンだよ、こりゃ!ンだよ、こりゃあッ!!」
もはや壊れかけのRadioと相成った男はアクセルを踏み込もうとしても踏み込めず、冷静(であろうとする願望)と情熱(何もかも放りだして逃げ出したい逸る気持ち)のあいだに挟まれて苛立ちながら足元に視線を向け痛恨の念に駆られることになる。
…仰向けに寝転んだ姿勢で俺の足首を掴んだ坊主頭の爺さんが座席の下から満面の笑みを浮かべて俺の股越しに俺を見ている…だと…?
「えっ!?」どういうことコレ…??
ねぇどういうことなのコレ…?ねぇどういうこと??混乱しまくって呆然としているうちに身柄を拘束されて、気が付けば警察署に連行されていた男。彼の頭の中では恐怖よりもクエスチョンマークが激しく点滅しているに違いなかった。
「いいか?何度も言うが、パトカーが近づいてきた時も警官が窓を叩いた時も爺さんは俺の足首をしっかり掴んでいたんだ。だから俺も爺さんから目を逸らせずに見つめ合ってたんだ。頃合いを見計らった爺さんが片目でウインクするとドアロックが勝手に外れて…俺は車の外に引きずり出された。ここまではいいな?…そしてその時、爺さんはまだ座席の下に寝転がっていたんだよ!嘘じゃねえよ!!爺さんはにやにや笑いながら俺を見て、さっきとは違う方の目でウインクしてから煙みたいに消えたんだ!!…ンだよ、なんなんだよ!誰なんだよあのジジイはよぉおおお!!」
花火大会が終わり閑散としつつある浜辺で祖父と語り合っていた私は、もうじき迎え盆だということを思い出していた。誰もが自分のようにくっきりハッキリ死んだ家族に再会出来るわけではないという当たり前の事実に考えが至ると、胸がチクリと小さく痛んだ。お祖父ちゃんに会うと嬉しいのに哀しくて、やるせない気持ちが水墨のようにじわじわと滲み広がっていく。
「やー。すまんすまん本当に助かったよ○○!△△(曾孫)にもよろしく言っといてくれ。」
「言えるわけないでしょ。あなたが生まれる前に死んだ曾祖父ちゃんがお礼を言ってたわよ〜なんて。」
「△△が警察官になるとはなぁ。立派立派ぁ!!曾祖父ちゃんは鼻が高いぞ!!」ガハハと笑い声を上げるお祖父ちゃんだけど、その姿も声もいわゆる霊感持ちの私にしか認識することが叶わない。孤独であろうお祖父ちゃんのそばには小鬼がいつも憑いていて、困ったような悲しむような表情でお祖父ちゃんと私を見つめていた。出会って数十年は経つが彼と話したことは一度もない。…大丈夫、わかってる。死者と生者のルールを破ってはならないと態度で示してくれているんだよね。…残念ながらお祖父ちゃんには糠に釘みたいだけど。
寺の敷地内に不法投棄を繰り返していた不届き者を成敗するために、孫である私の有り余った霊感をヒョイと流用して犯人を驚かせたついでに警察官の曾孫に手柄を立てさせる…さすがはお祖父ちゃんね、抜かりがないわ。…でもお祖母ちゃんがお祖父ちゃんを天然ボケだったと言っていた通り、肝心なところで抜けてたりするのよね。どうしたものかしら。私は小鬼とたっぷり見つめ合ってからお祖父ちゃんを見遣るのだった。
「ん?どうした○○、腹が減ったのか?」
「………すっごく減ったかも。」
不法投棄されていた冷凍庫の中から切断された腕やら脚やら胴が発見される瞬間まであと少し…
犯人「だからッ!俺はジジイを解体してなんかねえっつってんだろ!なのになんでジジイの幽霊が出てくんだよバカヤロー!!」

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