貉(むじな)
嫌だ、雨が降ってる。天気予報じゃ曇りだって言ってたのに。アルバイトあがりの疲れた体を引き摺るように帰途につく。家まで数分の距離とはいえ、30歳を少し過ぎた頃から夜勤が堪えるようになってきた。何より12時間もろくな休憩も取れずに店頭に立ち続けて疲労困憊だ。
(さぁ笑って?)あの子達が不安にならないように。玄関の鍵を開けて我が家に入る。
「あっ!ママだ。ママお帰りー!」
「ママー!ママー!お腹すいたー!!」
可愛い子ども達の顔を見た瞬間に疲れがスゥと和らいでいく。…あなた達がママの宝物なの。
急いでご飯の仕度をしながら二人に話しかける。今日はどんな楽しいことがあったのかしら?
「あのね、今日はね。」
「僕達ずっとお昼寝してたんだよ。」
「そうしたらね、オジさんが大きな声で叫び出したの。」
「ねー、ビックリしちゃった。」
思わず手をとめて二人を抱き締める。ごめんね、怖かったでしょう。いつも一緒に居てあげられたら…。
同じアパートに住む挙動不審な男が、私の勤め先のコンビニで警察沙汰を起こしたのはつい最近のことだ。パトカーで連行されて安堵したのも束の間、すぐに釈放されて戻ってきた。それ以来昼夜を問わず大声で叫んだり近隣を徘徊したりしている。
「大丈夫よ。もうすぐ新しいお家にお引っ越しするからね。」
「やったー!!お引っ越し!!」
「ママー!僕広いお庭で遊びたいよー!!」
嬉しそうにはしゃぐ二人に自然と顔がほころんだ。無理をして働いてきた甲斐がある。
「ミミハゲサマも一緒だよね?ママ。」
小首をかしげて上目遣いで見つめてくる。しっぽを右に左にユラユラ揺らしながら。
唇の端がニンマリと弧を描いて行くのを止められない。もちろん、これからもずっと一緒よ。何の罪もないあなた達に石を投げつけていた悪~いオジさんをミミハゲサマが退治してくださったのだから。さあ、御礼を言いなさい?
クローゼットのわずかな隙間を覗けば、黒くて大きい毛むくじゃらの何かが見つめ返してくる。私の可愛い子ども達は長いしっぽをピンと立てて素直にミミハゲサマに御礼を言いに行った。
「ンニャ~ォ。」
「ナーォ。」
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