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【怪談】集団チンアナゴ

怪談・奇談
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集団チンアナゴ

 よしんば霊がえるからって一体それが何になるって言うんだ?良いことなんざ一つもありゃしないさ。

 「…ふざけんなよ、大馬鹿野郎が…」

 一般的な会社勤めのサラリーマンにとって、月曜朝の通勤ラッシュほど心身を摩耗まもうするイベントもそうは無いだろう。まぁ…あるにはあるが。今朝のコレもその一つだと思わないか?何故?どうして?りに選ってこの電車をえらんだのかと、恐らく今はもう息をしていないであろうやっこさんの襟首を引っ掴んで問い質したくもなるってなもんだ。…もう数分ほど辛抱して次発の電車に飛び込んでくれていたらこんな最低な思いを抱くこともなかったのにな。…最低なのは俺か。ハハッ

 「…ふざけんなよ、大迷惑野郎が…」

 いつの頃からだろう。この手の巻き込まれ事故にもすっかり慣れきってしまった俺は、驚きや不安よりも先にいきどおりが鎌首をもたげてくるようになっていた。…激しくいかることで惨状から意識をそむけ自分の心を必死に守っているのかも知れないが、それはさて置き身動きが取りにくいほど満員に近い車内で三十分以上同じ姿勢で立ち尽くしていると無性に空を眺めたくなってくるのが人のさがというものらしかった。正面の窓から見える景色なんかじゃ全然物足りず、首ごと頭を大きく反らし目線が天井へと吸い込まれるように上向いていく。そうなるともう下を向くことが出来ない。

 なんとなくだが、周囲の乗客達も自分と同じように上を見ているような気がした。いちいち確認なんてしやしないさ。皆がそろって天井を見上げている気持ち悪い光景なんざ見たくもないだろう?ふと、スターゲイジー・パイとかいうパイ生地に刺さったまま虚空を見つめる魚の妙竹林みょうちくりんな絵面が脳裏に浮かんできて失笑してしまった。…俺達の場合はどっちかと言うと砂底からニョロリと飛び出して屹立きつりつするチンアナゴの集団っぽいかもな。

 その時、

 視界の下方を白いもやのようなかすみのようなものが横切った。OK!OK!気のせいだ。俺はどうしても今すぐに空を拝みたくなり、どうか天井が透明になりますようにと一心不乱に神へ祈りを捧げ始めた。周りの乗客達の気配が俺と同じ熱量を帯びたのを肌で感じたので、この人数の熱視線ならば或いは電車の天井にも穴を空ける可能性だってあるかも知れないと真面目に考えだす。…まぶたを閉じるのは怖くてたまらなかった。

 あまりの恐怖に耐えかねたのか、乗客の一人が「見上げてごらん夜の星を」を震える声で歌い始めた。渡りに船とばかりに便乗した俺達も一斉に歌い出し、どうせなら明るい歌を歌おうと「上を向いて歩こう」を合唱することになった。その頃には座席に座っていた人達もすっくと立ち上がり、俺達と同じように天井を凝視して歌唱に参加しているのを察していた。そりゃ見たくないものを見たくはないよな。

 ―――…電車の運行が再開して駅に着いたというアナウンスが聞こえたが、俺達は全員確信していた。まだ居るのだと。だから開いたドアから車内に乗り込もうとした人達が一様に驚愕して大きな悲鳴をあげたのも無理のないことだと思う。首を極限まで反らして上を見上げたまま立ち尽くし、陽気な歌を陰気に歌い続ける異様な集団を目の当たりにしてしまったのだから。―――そして俺達の足元には鉄さび臭い赤い水がぬらぬらぬめぬめと、床一面に拡がっていたのだから―――…

 何の水かって?そりゃアレよ

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