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【奇談】羽撃(はばた)く茶羽…※虫描写あり

暗雲立ちこめる 怪談・奇談
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羽撃(はばた)く茶羽

「ちょっとコンビニ行ってくるわ〜。」

 そう言いながらレインコートを着込んだ。最近流行はやりのパンツ一体型のデザインなので足全体をしっかりカバーしてくれるのが一番のお気に入りだ。しかもフードを被ってファスナーを閉めるとフルフェイスカバーにもなる実に気の利いた設計なのだ。いわゆる防護服のような物々しさを醸しているため見た目は少々いかついが、最新式の特殊素材を用いて制作しているという謳い文句のとおり着心地は思ったよりも悪くなかった。羽より軽いなどと、オーバーに宣伝するのはちょっと調子に乗りすぎだと思うけどな。

「忘れ物!」同居人が放って寄越した薄手のグローブを受け取って装着し、踝丈くるぶしたけのブーツを履いてから玄関のドアを開けた。このドアにも特殊な素材が使われていて奴らを寄せ付けない防護加工が施してある。つーか建材にも同じ特殊加工がしてあるはずなんだけどなぁ〜。…そういや悪徳業者がちょろまかしたせいで最悪の事態を招き文字通り崩壊したタワマンが全国ニュースになってたっけなぁ…

カサッ

 聴き慣れたカサカサ音を無視して歩く。横断歩道に差し掛かったのと同時に赤から青に信号が切り替わったのは、まさに幸運と呼ぶのに相応しいだろう。ものの一分ここに突っ立っているのもはばかれるくらい、歩道にも車道にも黒茶色の虫の死骸がひっくり返っているのだから。

 歩行者信号が青信号から赤信号になる迄の短時間内に、回収専用ドローンインセクト・コレクターが車道に転がっている死骸を回収していく光景もすでにお馴染みの光景だった。空飛ぶ掃除機の異名のごとく、ヒュポッ!ヒュポポッ!と器用に虫だけを選別して吸い込めるのは優れたAIが搭載されているためらしい。確かに…ゴミや糞をうっかり吸い込むのは嫌だわな。

カサカサカサカサカサカサカサカサカサッ

 どうして生きた個体を駆除して回収しないのかまっっったく理解ができないのだが、どうやら世界昆虫愛護協会とやらが無駄に頑張っているらしいというのが通説だった。敷地外の茶羽ちゃばねを故意に駆除すると厳しく罰せられるなんて正気じゃないよな?昆虫と害虫の区別すらつかないのは哀れを通り越して、アイツらもう立派な環境破壊主義者ネイチャー・デストロイヤーだろ。熊の駆除に文句を垂れてた暇人どもと一緒に汚泥おでいに放り込もうぜ。マジでさぁ…

カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ…ブブブッ

「んゲッ!!」飛びやがったーッ!!

 目的地のコンビニに到着するまで数メートルといった所で、壁面を這っていた茶羽の虫が一斉に飛行を開始した。自分を含めた通行人達も慣れたもので、すぐに立ち止まり両掌りょうしょうを胸の前に揃えて小さくホールドアップの姿勢を取った。この対応はあくまでも任意であり、荷物を持っていたり誰かと手を繋いでいる場合は行う必要はない。…無いんだが、会社で定期的に防護訓練を受けているから身体が勝手に動くんだよな。ちなみに控えめなホールドアップが、いかにも日本人らしい仕草だと世界中でウケているのは有名なエピソードだ。

ピシュン!ピシュン!ピシュン!ピシュン!ピシュン!ピピピピピ!シュンッ!ピピピッシュピピッ!

 インセクト・コレクターから四方八方に害虫駆除レーザーが発射されて、これまた器用に茶羽の虫だけを狙ってまたたく間に撃ち落としていった。国産AIの性能スゴすぎんか?それはそうと交通安全の観点などから“空に羽ばたき出した虫には愛護法が適用されない”と明確に定めた道路交通法が施行され始めたのも記憶に新しい。駆除と同時に回収するのでタイパも非常に宜しいと、記者会見していたナントカ大臣のドヤ顔がネットミームになったのも割と最近のことだ。…ほんまアホちゃうか?この国。

 インセクト・コレクターの勤勉かつ的確な仕事ぶりに感心しつつコンビニに入店する。入り口は頑丈な二重扉で仕切られていて、客は区切られたクリーンスポット内で殺虫効果の高い噴霧薬グレート・ゴキジェットプロを全身にくまなく浴びることが義務づけられている。人体や食品、動植物にも無害であるとされているがネーミング的にも信用がならねぇよ。なお買い物が終わればAIサーマル・センサー付きカメラによる身体チェックの後、二重扉の専用出口から退店する決まりだ。ちなみに不審な行動をする者は警備ドローンフライング・ガードマンの対人レーザーで即座に制圧される仕組みになってるぞ。国産AIの権限強すぎだろ。暴れれば暴れるほど強力なレーザーがお見舞いされるらしいから下手に抵抗しない方がいいぞ?たまにショック死する場面に遭遇することもあるが、奴らは自分が虫以下の存在だと自己証明してるんだから仕方がないわな。無抵抗の意思表示ホールドアップぐらいしろよ、馬鹿が。

「おー、あったあった!これよコレコレ!」

 目当ての商品を発見すると一気にテンションがぶち上がった。アイドルがSNSで紹介して人気に火をつけた「羽より軽い新食感・・・・・・・・」がキャッチコピーの激辛スナック菓子を棚から掴み取る。向こう側が透けて見えるほど薄いのに海老の芳醇な香りと濃厚な風味がする絶品なんだよな。何より大袋いっぱい中身が入ってるのに手頃な価格なの最高だろ。もう一袋買っていくか〜。

 あの茶羽がうごめく道路を渡ってここまで来た甲斐があるってもんだ!…まあ帰りも絶対にそこを通るんだけどな。

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