心が悲鳴をあげている
金属の板に細い針で引っ掻くような…とでも例えるのだろうか。その鋒鋭い悲鳴はやけに耳に障るものだった。
聴能烏部隊RAVENSを後方支援するという名目で派遣されているジョージ・アンダーソン特別捜査官は、神経を針で何度も刺し貫かれるような激痛にたまらず唾を呑み込む。…ただしそれは精神に受けたダメージであり、肉体的にはまったくの無傷であった。
連続殺人犯―――…文字に起こすならたったこれだけの代物だが、ジョージが見据える人物から溢れ出ている悪意は彼の想像を遥かに超えていた。そして、その悪意は「悲鳴」という不快音をもってその場にいる全員に漏れることなく届けられているのだ。
「クソッ!」
ジョージが側頭部に貼り付けていた極薄のデバイスを乱暴に取り除いた。相棒であるRAVENSの頭脳と同接するために開発された最新デバイスの運用テストは、いつも人間側の不調により失敗に終わっていた。どれだけ厳しい訓練を積んだ精鋭であっても、犯罪者達の思考を「悲鳴」という眼に見えぬ「音」とは言えダイレクトに受けとめるには脳への衝撃が強すぎるのだ。
「おいおい大丈夫か相棒?少し休憩した方が良いんじゃないか?」
RAVEN.3が濡羽色の美しい瞳を大きく見開いてジョージを心配そうに見下ろした。聴能烏部隊RAVENSのメンバー達は室内に設置されている専用の止まり木に行儀良く掴まっている。そして、それぞれの対となる相棒達を心配そうな面持ちで見つめている烏達の姿は愛らしくも微笑ましくもあった。…そんな長閑な場面ではまったく無いのだが。
「やはり人間には負担が大きすぎる。AIによって調整されている私達ですら不快感をゼロにする事は出来んのだから当然だろう。」RAVEN.1がそう結論づけた。
「ですがRAVEN.1。我々のチームワークをより円滑に、よりスピーディーに連動させるには必要であると私は考えます。」RAVEN.2が進言する。
「無理をさせて彼等に何かあったらどうするつもりだ?我々が彼等に求めているサポート体制に不具合が出る可能性があるのなら、共有すべき情報とそうでない情報を厳格に区別するべきだ。」RAVEN.4が反論を唱える。
聴能烏部隊の主体はあくまでも烏達であり、人間は彼等の手足となってその活動をサポートするのが部隊発足当時からの原則だった。RAVEN一羽に対して相棒が一人ずつ付き、その他の後方支援チームを含めた総勢100人程度が所属している未だ小規模な組織だ。広大なエリアをカバーするためには組織の拡張を急ぐ必要があるのだが、その決定権を持つ雲の上の方々が諸々の事情できな臭いのが玉に瑕でもある。…そんな中でも現場が概ね安定した活動を続けていられるのは幸いだろう。
「RAVEN.3。君の意見は?」リーダーのRAVEN.1が尋ねる。
「…RAVEN.4に賛成だ。これ以上の負担を相棒に強いるのには反対する。」
「フッ…君らしい意見をどうも。」
「なので、上の連中に解決策のひとつを教えてやれ。我々が聴き取った音波を視認可能に変換する技術を開発するべきだとな。好きだろ?立ち昇る気の表現とか。」
コミックかよ!と何人かが吹き出した。…だが一理ある。『視える悪意』ならば対処の幅も今よりずっと広がるだろう。上奏しても問題はないだろうとRAVEN.1が厳かに頷き、相棒の負担が減るのならそれに越したことはないと満場一致でその日の会議は終了した。
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上空からのパトロール活動中に絹を裂くような悲鳴をあげて街中を闊歩する要注意人物を補足したRAVEN.3は、脳内デバイスを起動させて相棒のジョージにCALLした。
『了解だ、RAVEN.3。こちらも対象を補足した。すぐに人員を向かわせる。』
視覚の共有によって迅速に対応が進んでいく。それと同時に外部の警邏隊とも連絡を取り合い、事件の発生を未然に防ぐ確率を大幅に上げることにも成功していた。もっともRAVEN側の要望で相棒以外との視覚の共有が不承諾であるため、どうしても僅かな時差が免れず新たな議題にもなっていた。…が、烏達が折れるはずもないので話はここで終わることになる。
『…ふー。慣れないな…空から見下ろすっていうのは。』
「スピードを上げようか?CROW.3。最高にハイになれるぞ。」
『…遠慮しておくよ。』
「見ろよCROW.3!綺麗な虹だ!デイビッドとメアリーにも見せてやりたいな。」
CROW.3ことジョージ・アンダーソン特別捜査官の家族はRAVEN.3にとっても家族に等しい。ジョージの幼い子ども達を“サン”と名付けられたRAVEN.3が可愛がっているのは周知の事実だった。もちろん彼等だけに限ったことではなく、他のメンバー達も相棒と似たり寄ったりの良好な関係を築いている。恐ろしく高度な知能を得た烏達は、皆が皆一様にとても愛情深い性格をも獲得していた。―――…犯罪を嫌い、仲間との協力を惜しまず、家族を慈しむ…単純とも言い換えれるその普通さこそ社会が取り戻さなければならない光る原石なのかも知れないと、ジョージは想いを空に馳せた。
マギー「それで?」
ジョージ&サン「それで…?」
マギー「私が頼んでおいたミルクはどこ?」
ジョージ「ミルクならここに」
マギー「そのミルクはメアリーのご飯じゃない。プティングを作るためのミルクが必要なのよ…まったく。サン!あなたが付いていながらどういう事なの!?」
ジョージ「いや、サンがそのミルクで間違いないと」
マギー「…。」
ジョージ「…。」
サン「すまないマギー。今から買いに行ってくるよ。」
マギー「ダメよ!夜も遅いのに!」
ジョージ「俺が行こう…」
デイビッド「パパいってらっしゃい!」
メアリー「んギャあ〜」
〜平和は誰かの奮闘によって保たれている事を忘れてはならない〜

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